「金メダル!!」

勝利の瞬間、地面が揺れるほどの大歓声に包まれながら世界中の報道カメラのレンズに向かって笑顔を見せる・・・オリンピックの選手にとって、身を削るような努力すべてはこの時のためにしてきたようなものだ。

だが、そんな努力の結果も束の間、まるではじめから勝利など何もなかったかのように転落の人生へと転がり落ちていく選手がいる。

今からご紹介するのはそんな、「一瞬の栄光」で終わってしまったオリンピック選手たちをご紹介しよう。

 

画像出典:edgetrends.com

1988年9月4日ソウル五輪で、カナダ代表のベン・ジョンソンは100メートル走で当時の世界新記録を更新し、当然のように金メダルを獲得した。・・・が、競技後にステロイド剤であるスタノゾロールを使用していたことが判明し、ドーピング違反として金メダルをはく奪された。栄光に浸れたのは競技直後からドーピング検査までのほんの少しの間である。

 

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2000年のシドニー五輪で金メダルを含む5つのメダルを獲得したアメリカ代表選手、マリオン・ジョーンズ。彼女もまた禁止薬物の使用が原因で獲得したメダルを返還せざる得ない状況となった。かつては雑誌の表紙を飾ったり、大手企業のスポンサーが付いたりと、非常に華やかな生活だったようだが・・・。

 

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1912年のストックホルム五輪で五種競技と十種競技に出場したアメリカのジム・ソープ選手は金メダルを二つ獲得した。ここまでは何も問題はなかったが・・・彼が五輪以前にセミプロ野球で報酬を得ていた事実が五輪の「アマチュア主義」に抵触してしまったのである。アマチュア主義とは、五輪出場選手は金銭的な報酬を受け取るべきではないとする考え方のことだ。結果、獲得したメダルははく奪されてしまった。ちなみに現在ではこのアマチュア主義はないものとなっている。

 

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アメリカの自転車競技選手、テイラー・ハミルトン選手は2004年のアテネ五輪金メダルを獲得したが、彼もまたドーピング違反でメダルをはく奪されてしまった。その後、彼は暴露本を上梓。公式大会から追放処分となったが、現在でも後進の指導にあたっているという。

 

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2008年北京五輪の1500メートル中距離走で金メダルを獲得したバーレーン国籍のラシド・ラムジ選手。2002年にバーレーンに帰化し、同国初のメダル獲得に貢献したのだが・・・ドーピングによりメダルをはく奪されてしまった。バーレーンにとっての初メダルがはく奪という結果に終わるとは・・・。

こうして見ると、ドーピングによるメダルはく奪がいかに多いかがよくわかる。スポーツを極めることはある意味、肉体の限界に挑戦することだ。勝利へのプレッシャーと戦いながら限界を超えるためにはどうしても、薬物が必要となってしまうのだろうか・・・。

 

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参照・画像出典:edgetrends.com/From Fame To Shame. Olympic Athletes Who Won The Gold Then Lost It All
(本記事は上記の報道や情報を参考に執筆しています)








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