69年前の今日。

 
1945年(昭和20年)8月6日。

 
広島に原子爆弾が投下された日。

 
 
ぼくらと同じように人生を生きていた人々のかけがえのない命が、一瞬にして、失われた。

 
 

それも、むごたらしい死に方で。想像したこともないような死に方で。
 
生き残った人も苦しみながら亡くなった。
 
今も苦痛とともに生きている人もいる。

 
 

広島への原爆投下で亡くなられた方は、その年だけで14万人とも言われている。

 
 
その方々の無念や、原爆の悲惨さ、死に様を胸に刻んで、終生忘れないようにしたい。
 
 

唯一の被爆国で、何とか平和を保っている“今”を生きる一人の人間として。

 


画像出典:Wikipedia/広島市への原子爆弾投下


 
 
画像出典:中國新聞/ヒロシマ平和メディアセンター
 
熱線を浴びた兵士

 
 
熱線を浴びた子ども

 
 
ごった返す救護所

 
 
仮設の火葬場

 
 
黒焦げの兵士

 
 
荷車で通院する女性

 
 
広島逓信(ていしん)病院

 
 
火傷の治療

 
 
急造の外来診察室

 
 
頭髪の抜けた姉弟

 
 
頭髪の抜けた子ども

 
 
治療を受ける兵士

 
 
救護病院へ運ばれてきた幼子

 
 
画像出典:企画展/宮武甫・松本榮一写真展 被爆直後のヒロシマを撮る

臨時の火葬場

顔と手に火傷を負った兵士

負傷者を乗せたトラック

トタン板の下の遺体

負傷者を治療する医師と看護婦

病院に収容された人々

顔と手に火傷を負った女性と子ども

顔を火傷した女性

屋外に横たわる負傷者たち

負傷した子ども

全壊した民家

広島県産業奨励館(原爆ドーム)

火傷の手当てを受ける少年

被爆した兵士たち

外来治療を受け帰途につく親子

画像出典:企画展/広島、1945 写真が伝える原爆被害

焼けこげ、眼球が飛び出した遺体

地面に横たわる遺体

大けがを負った子ども

横たわる子ども

皮膚の色素脱失(だっしつ)

顔面の火傷

火傷のあと

口内炎

左側面から熱線を受けた左足

頭髪の脱毛

背中、両腕のケロイド


 
 

 
 

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参照・画像出典:中國新聞/ヒロシマ平和メディアセンター
参照・画像出典:企画展/宮武甫・松本榮一写真展 被爆直後のヒロシマを撮る
参照・画像出典:企画展/広島、1945 -写真が伝える原爆被害-
(本記事は上記の報道や情報を参考に執筆しています)




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