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Wai chung Tang/iStock/Thinkstock

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歴史教育というものは、時代ごとにその見解が変わりやすい。その上日本の歴史教育の現場は、その時流行った歴史観に影響されやすい嫌いがある。

今現在はともかく、かつての小中学校で行われていた授業は「貧しかった日本」というニュアンスを前提に行われていた。どの時代にも独裁者が君臨し、庶民は常に搾取されていた……という見解だ。

だが、それは本当だろうか? これから挙げる項目は、少なくとも20代半ば以上の日本人なら一度は学校で教わった「歴史の悲劇」である。しかしそれらは、近年では研究が進み「事実ではない」とされている。

 

➀戦国時代、城の建設に関わった職人は口封じのために殺された

「城の構造はトップシークレットだから、建設に駆り出された職人は必ず殺された」という悲劇。

だが、常識的に考えればこれはあり得ない。そんなことをすれば、間違いなく一揆が発生する。当時の農民はみんな武装していたことを忘れてはいけない。

こんな実例もある。武田信玄の息子の武田勝頼が、現在の山梨県韮崎市に新府城という拠点を建てた。その時に駆り出されたのは、信濃の木曽一族である。だが城建設にかかる費用や木材があまりに膨大だったため、嫌気の差した木曽一族がついに反乱を起こした。

それでも新府城は完成したのだが、当時、織田信長と戦っていた勝頼は「本拠地移動」という名目で、完成間もない新府城をあっさり焼いてしまったのだ。

もっとも、戦術上この決断は間違いではない。織田軍に城を奪われたら、今度はそれが障害になってしまうからだ。

だが、血のにじむ思いで城を作った職人や人足たちは、次々と勝頼を裏切り織田軍についた。結局、それが武田家滅亡の原因になってしまった。

土木建設に携わる職人をぞんざいに扱うことはできないのだ。

 

➁江戸時代、農民は米を食べられなかった

「当時の農民は米を食べられなかった」ということは、物理学的に論破されている。

全人口の5%ほどしかいなかった武士が農民の米をいくら搾取したところで、それを消費し切れるはずがない。武士の全員が相撲取りかプロレスラーだったとしても、日本中の米を食べ切ることはまず不可能だ。

では米を転売するのか? そうなったら米相場が一気に暴落するから、商人は絶対に買いたがらない。現代ですら、作りすぎた農作物は市場に行かず処分される。しかも米は長期保存できない。

結局、江戸時代当時の日本で生産されていた米の大部分は、身分関係なく均等に分配せざるを得ないのだ。

 

➂江戸時代は飢饉が頻発した

たしかに江戸時代当時の日本では、飢饉が発生した。だがじつは、日本の飢饉は専ら自然現象が原因であり、死者も少ない。

ヨーロッパではほぼ数年おきに戦争が頻発し、それが原因の飢饉もしばしば発生している。国の人口の半分が餓死するか難民になる、という話も珍しくはない。

そもそも、江戸時代に相当する頃のヨーロッパは戦乱の時代だったことを忘れてはならない。ナポレオン時代のフランスの人口は同時期の日本とほぼ同じだったが、ナポレオンはそこから百万単位の男子を徴兵し、会戦ごとに万単位の死者を出している。

だがセントヘレナ島へ島流しになるまで、皇帝は戦争をやめなかった。それに比べると、日本は恐ろしく平和だったのだ。

 

以上、「学校で教わった常識」とそれに対する反論を挙げてみた。

冒頭で書いた通り、歴史教育というのは時勢とともに変化しやすい。かつては「常識」として教えられていたことが、今では「古い見解」になってしまうということもよくある。

我々は今一度、「新しい歴史」に目を通してみるべきかもしれない。

 
 

(取材・文/しらべぇ編集部・澤田真一


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