4月11日、「羽柴誠三秀吉」(はしばせいぞうひでよし)や、「羽柴秀吉」名義で政治活動を行っていた三上誠三さん(65)が死去しました。
 
 
三上さんは五所川原市で建設業や観光業を営むかたわら様々な選挙に立候補するも、いずれも落選。しかし、その言動やライフスタイルは周囲の度肝を抜き、注目を集めました。
 
 
そんなさまざまな「羽柴“誠三”秀吉」伝説を追悼の意味をこめて、まとめてみました。

 
 
 

伝説1

・若い頃に近所の住職に「お前は豊臣秀吉の生まれ変わりだ!」と言われたことをきっかけに、「羽柴秀吉」を名乗るようになった。
 
 

伝説2

・「女性を口説く情熱の半分を仕事に傾けよ」など独自の経営哲学のもと、ダンプカー1台からわずか6年(当時27歳)で青森県高額納税者番付にランクイン。
 
 

伝説3

・青森県五所川原市(旧北津軽郡金木町)で、国会議事堂の形をした旅館を経営。
 
 

伝説4

・経営している温泉等の施設が古びてくると、無人の時に原因不明の火災が起き、保険で再建されることが地元では知られており、その疑惑は『週刊文春』で報じられた。
 
 

伝説5

・怪しすぎる大学、「イオンド大学」名誉教授である。
 
 

伝説6

・3500万円を投じて対北朝鮮用のミサイル基地を私有地に建設。ミサイルは全部で14基。
 
 

伝説7

2008年に歌手デビュー。
 
 

伝説8

・さまざまな選挙に14回立候補するもすべて落選。
 
 

伝説9

・かつて、五所川原市役所向かいのビルに「大坂城攻略」というネオン看板を掲げていた。
 
 

伝説10

・自宅が城。

 
 
 

素晴らしいエピソードから、嘘のようなあやしい都市伝説のようなものまで多々ありますが、彼がまさに「豊臣秀吉」のように立身出世し、時代を駆け抜けたのは間違いありません。哀悼の意を表します。
 
 

 
 

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参照:Wikipedia/羽柴誠三秀吉
(本記事は上記の報道や情報を参考に執筆しています)
 








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